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zoom RSS フキノトウ (蕗の薹)

<<   作成日時 : 2012/02/08 00:00   >>

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公園でフキノトウ(蕗の薹)が重い土を持ち上げて、顔を覗かせているのを見つけた。

長さは3cmくらいの蕾で、幾重にも積み重なった落ち葉を物ともせず、押しのけて黄緑色を芽を出していた。

フキ(蕗)は「富貴」に通じる。雪解けを待たずに顔を出す春の使者であり、1番早くでてくる山菜である。独特の香りとほろ苦さが春の息吹を感じさせてくれる。 「春の皿には苦味を盛れ」という。

初鰹など、初物好き、ハシリ物好きの江戸っ子の伝統なのだろうか。

画像フキノトウ(蕗の薹)の名前の由来は、葉茎を折ると、皮が糸状の筋を引くので古名を「布布岐」、また、葉が広く大きことからハヒロクキ(葉広茎)からきた説や、雄株のフキノトウ(蕗の薹)が、冬に黄味を帯びた白花を咲かせる(雌株の花は白)ところから「フユキ(冬黄)」とか、昔は紙の代わりにフキ(蕗)の葉を使っていたので「拭き」に由来するなどの諸説があり、現在の呼称「フキ(蕗)」は、これらの古名が転化、あるいは略称化されたとの説もある。

別名をフキノシュウトメ(蕗の姑)という。ところでフキノトウ(蕗の薹)「款欸冬花」には、「しゅうとめ」 という別名があることを知っているだろうか。名の由来は俗に「麦と姑は踏むがよい」 という諺から生まれたものである。早春の風物詩である「麦踏み」は、根張りのいい株を育てるための最上の方法である 。出すぎる姑も麦同様に踏むとの意だという。お嫁さんが強くなった昨今では異論があるかも知れない。

きく科フキ属の多年草で、学名は「Petasites japonicus」である。属名の「Petasites(ペタシテス)」は、ギリシャ語の「petasos(鍔広の帽子)」が語源で、葉が広く大きいところからにちなみ、種名の「japonicus」は、「日本の」を意味している。

画像日本が原産で、北海道や本州、四国、九州、沖縄に広く分布している。北は樺太から、朝鮮半島や中国でも見られる。山では沢や斜面、河川の中洲や川岸、林の際などで多く見られる。郊外でも河川の土手や用水路の周辺に自生しているのが見られ、水が豊富で風が余り強くない土地を好んで繁殖している。

かってフキ(蕗)の利用法の一つとして、乾燥した葉や茎を型紙にし、襖や色紙、 風呂敷や袱紗などに摺り染める………という染色法があった。「蕗刷り」である。語感がめでたい「富貴刷り」に通じるために重用されたものだが、やはり蕗を語るなら自然食材としての蕗ということになる。

日本人が蕗を食用としたのは、平安朝の時代らしく、『和名抄』 の飲食物の項に、ハコベ(繁縷)、ナズナ(菫菜)などと共に記載された「フキ(蕗)」の名を見ることができる。人手をかけた本格的な蕗栽培もこの時代から始まり、収穫した蕗は、宮中の台所方である内膳司で「すずほり」という塩漬にしたことなどが、禁中の年中儀式をしるした『延喜式』に書かれている。

画像雌雄異株のフキ(蕗)には、当然の事ながら雌株と雄株があり、それぞれ別々に葉茎(フキ:蕗)と花茎(フキノトウ:蕗の薹)がつきどちらも食用としている。葉茎であるフキ(蕗)は、晩春から初夏にかけて、山野の香りゆたかな惣菜として、朝夕の食膳にならび、保存食用に漬込まれた塩漬や粕漬は一年を通して、食卓に彩りをそえている。

蕗料理の代表格なのが、醤油でじっくりと煮詰めた「伽羅蕗」。「伽羅」は香木の名でもあり、梵語で「黒」を意味する言葉とか。鎌倉時代の禅僧たちの得意料理に「黒煮蕗」という煮しめがあったと聞く。伽羅蕗のルーツは、案外この黒煮蕗かも………などと思いながら味わうのも食の楽しみといえる。

出始めたばかりのフキノトウ(蕗の薹)は、さっと茹でて細かく刻み、田舎味噌と和えただけで食膳にのせる。野趣味を堪能するには、こうした簡単な料理が一番である。熱いご飯にも、酒の肴にも薦められる。軟らかい苞葉は「ふくませ煮」にしたり、擂鉢で摺りつぶし、味噌と醤油と摺りゴマと合わせて、「蕗味噌 」にしたりもすると美味しい。

無数の蕾からなる花蕾は、蕾を一粒ずつわけ、箸洗いや小吸物椀の実に使う。春の風情が香り立っていいものである。開いた花は天婦羅に。線香花火のように揚がり、見た目も楽しく人気メニューである。天つゆは勿論、塩で食べるのもまた美味しい。

画像近頃、東京近辺では、師走から正月にかけ房総半島産や南伊豆産の栽培されたのフキノトウ(蕗の薹)が、八百屋やスーパー、デパートの食料品売場などに出廻り、なかなかの売行きである。

フキノトウ(蕗の薹)は、フキ(蕗)の花の蕾である。フキ(蕗)は、春になるとまずフキノトウ(蕗の薹)が土の中から顔を出し、暫くすると茎が伸びて花が咲き、最後に葉が出てくることになる。フキ(蕗)はフキノトウ (蕗の薹)と呼ばれて、春の味覚として知られおり数少ない日本原産の山菜、野菜である。山野に自生するヤマフキ(山蕗)、ノフキ(野蕗)などの野生種と栽培種があり、含めると200種類以上あるといわれている。日本の北から南にかけて広く分布し、愛知早生、泉南蕗などが有名である。

秋田県の県花で、特に、葉の大きさ直径1m、茎の長さmを誇るアキタフキ(秋田蕗)は横綱格である。江戸時代に、秋田藩主の佐竹義和が世間に紹介したことにより、傘代わりにもなるこのオオフキ(大蕗)の存在が国中に知られることとなった。葛飾北斎も北斎漫画に、フキ(蕗)の下で遊ぶ男たちを画いているほどである。

もともとアキタフキ(秋田蕗)の祖先は、樺太や北海道に自生していたオオフキ(大蕗)だといわれている。アイヌの倭人伝説の神ともいわれ、アイヌの先住民族である「コロポックル」は、アイヌ語で「フキ(蕗)の下に住む人」の意味だそうだから、この説は正しいのかも知れない。

画像話は変ってフキノトウ(蕗の薹)に関わるアイヌの神話。
神の国で暮らしていた女神は、人間の国をどうしても見たくなり、家族が留守の時に、晴れ着を重ねて羽織り、帯を締めて人間の国へ降りていった。心が弾んだ女神は美しい高山の上で舞い始めたが、余り激しく舞ったので、手の先から大風が起こり、人間の国を掘ったように荒らしてしまった。驚いた女神は急いで家に戻って寝床で泣いていたが、人間の国からの知らせで全てを知った兄に叱られて、気を失ってしまった。
気がついた時、女神は湿った地下の国にいた。女神は両親の名を呼びながら上へ上へと進み、夏の年を6年、冬の年を6年過ごしてやっと地上へ出ることができたが、女神の姿はマカヨ(フキノトウ:蕗の薹)になっていたという。

フキノトウ(蕗の薹)は、東北地方では「バッケ」といい、雪国の人たちはフキノトウ(蕗の薹)は雪を溶かして出てくるという。土の下で自然の命を貯めて芽を出す律儀な姿を見ると、心うたれる。しかも、大地の恵みを味わう口福感を、これほど実感させてくれるものはほかにない………と思えるほど感動的である。

花言葉は待望、愛嬌、真実は一ツ、仲間である。

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