ネムノキ (合歓の木)

あのふわふわした夢のような花を咲かせるネムノキ(合歓の木)はとっても好きな花である。

ネムノキ(合歓の木)の花は何時も不思議な花だなぁと思っていた。

画像ネムノキ(合歓の木)の名前の由来は、鳥の羽に似た葉が夜には、自然に閉じて木が眠ったように見えることから、ネムノキ(合歓の木)という名がついた。 また、漢名の合歓(ごうかん)は、夜になると葉と葉が閉じて合ったように見える様子から、夫婦の合歓(ごうかん)から幸福にたとえたことからついた名だといわれている。英名はシルク・ツリー(Silk tree:絹の樹木)と呼ばれており、これは多数の雄しべを絹に見立てたものである。

まめ科ネムノキ属の落葉高木で、学名は「Albizia julibrissin」である。属名の「Albizia」の名は、18世紀頃にヨーロッパにこのネムノキ属を紹介した、イタリアの「Albizzi氏」の名前にちなみ、種名の「julibrissin」は「東インド名」を意味している。

イランやインドから東南アジアを経て日本の東北地方北部まで自生している。アカマツやシラカバ、ハンノキのように、陽光が十分に当たる場所で生育する陽樹であり、荒れ地に最初に侵入するパイオニア的樹木である。河原などで見ることも多い。また、観賞用に栽培もされることもある。芽吹くのは遅いが、成長は他の木と比較すると迅速である。

画像ネムノキ(合歓の木)は二次林に生育する。斜面下部などのような、土壌のたまる場所に生育し、乾燥地には生育しない。根はゴボウ根であり、太い直根が地中深く伸びており、地表面近くには吸収根はほとんどない。砂礫がたまるような場所における生育に適しているものと思われる。

樹高は5~10mで樹皮は滑らかで灰褐色をしており、枝は上部で横に伸びている。葉は特徴的なので見分けやすい。20~30cmの2回偶数羽状複葉で、節ごとに1枚ずつ方向を異にして生えている互生である。2回羽状というのは、全体として羽状で、部分である羽片自体も羽状になっているという意味である。羽片を構成する葉を小葉と呼んでいる。羽片は7~12枚で対生。羽片には小葉が15~30枚で対生する。小葉は包丁型である。表面は光沢のある濃緑色で、裏面は粉白色である。夜には小葉が閉じて、夜明けとともに葉は開いて花は萎んでしまう。

葉が閉じる理由を説明すると、葉は羽状をしていて長さが幅より長く、葉のほぼ中央が最も幅が広い楕円形の小さな葉で構成されている。葉全体が茎に付着する部分と小さな葉がそれぞれ付着する部分(葉柄)の基部がふくれていて(葉枕)その細胞内圧力(膨圧)が昼夜で変化するので葉が閉じたり開いたりすることになる。

画像梅雨の終わりから初秋にかけて咲く花は繊細で美しい。淡紅色の長く伸びた糸状のものは雄蕊である。この雄蕊枝の先に20個くらいの糸状の美しい花を夕方開く。独特の花びらを持つマメ(豆)の花とちがう印象があり、独立の科に分類する意見もある。花はよく見ると化粧用の刷毛に似ている。花びらが発達せず、雄蕊が花を構成している点は、フサアカシアやオジギソウなどと似ている。

画像話は変わり合歓の木に関わる伝説。
「本吉清水寺縁起」について
大同元年(806年)、伝教大師(最澄)は唐から帰国する途中、有明海の東方の山が黄金色に光るのを見た。大師はその美しい光を追って山に入り、道に迷ってしまった。そこへ1羽の雉が現れて、大師を金色に輝くネムノキ(合歓の木)に案内した。大師はその木に千手観音を刻み、お堂を建ててまった。これが本堂である。木の本(もと)を刻まれた観音様なので寺の山号を本吉山と称した。

ちなみに、縁起にちなんで、清水寺の25代目住職隆安法師が、井上嘉平次に製作させたのが、木製玩具「きじ車」の起源とされている。開運や縁結び、安産のお守りとして伝えられ、北原白秋の短歌に詠まれたことから全国に知られるようになった。

中国の白族に伝わる「蝴蝶泉」の伝説。
昔、泉のそばに白族の美しい娘が父親と一緒に住んでいた。或る日、娘は聡明な猟師の青年と出会い、2人は恋に落ちた。2人は結婚の約束をしたが、領主が美しい娘を自分の妾にしようとやってきた。父親は断ったために殺されてしまい、娘は捕らえられてしまった。青年は娘を救い出して一緒に逃げたが、泉の所で追っ手に追いつめられてしまい、二人は泉に身を投げた。すると、突然雷がとどろき、暴風雨が起こった。そして、雨がやんだとき、泉から虹のように輝く一対の蝶が現れ、次々に無数の蝶が現れて、泉のそばのネムノキの頂上から地面まで連なって垂れ下がった。その時から、人々はこの泉を蝴蝶泉と呼ぶようになった。

毎年、2人が蝶に生まれ変わった旧暦4月15日頃になると、無数の蝶が飛来してネムノキの近くを舞い飛ぶそうである。この日には若い男女の出会いの場として「蝴蝶会」が催されるようになった。

画像万葉集や松尾芭蕉、与謝蕪村の句に登場する
「昼は咲き 夜は恋ひ寝る 合歓木の花 君のみ見めや 戯奴さへに見よ」 万葉集 紀女郎
「わぎも子が 形身の合歓木は 花のみに 咲きてけだしく 実にならじかも」 万葉集 大伴家持
「合歓咲く 七つ下りの 茶菓子売り」 小林一茶
「象潟や 雨に西施が ねぶの花」 松尾芭蕉
『奥の細道』にある有名な句である。西施は中国春秋時代の美女である。会稽山の戦いに敗れた越王勾銭は、西施を呉王夫差に贈った。西施は憂いでいつも顰(ひそみ。しかめ面、半眼)をしていたが、その顔でさえ美しいと評判になったので、女たちは西施の顰を真似たとそうである。この故事からは「ひそみにならう」という言葉が生まれている。芭蕉は、「ねぶ」を「眠り」と「合歓の花」にかけて、雨に煙る象潟が目蓋を閉じた西施のように美しいとたたえたた。

現在の象潟は陸地である。1804年の大地震で海底が隆起して、丘になってしまった。本庄藩の藩主の六郷氏が水田として開拓したため、夏に水が入ると芭蕉が訪れた1689年のような風景が見られるそうである。

ネムノキ(合歓の木)は、古くから知られていて、江戸時代の本草学者、儒学者である貝原益軒は「この木を植えると人の怒りを除き、若葉を食べると五臓を安じ、気を和らげる」という記述している。

花言葉は、歓喜や創造力である。

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