キハギ (木 萩)

公園でキハギ(木萩)が咲いていた。キハギ(木萩)は黄萩(キハギ)ではなく、キハギ(木萩)である。

普通のハギ(萩)は、花が赤紫で目立つが、このは花自体が小さく余り目立たない。色はノーマルなフジ(藤)の紫色で、ミヤギノハギ(宮城野萩)などに比べると、余り見かけない。
 
昔の浴衣地の様な奥床しさで、思わず頬ずりしそうになった。

画像ちなみハギ(萩)の語源は、ハギ(萩)は秋に草冠と書くが、これは和製漢字であり、漢名は「胡枝子」で、下に垂れ下がるとの意味がある。語源は、葉が小さい歯牙のようであることから「歯木」とする説があり、ハギ(歯木)と歯にまつわる俗言も各地に残っているようだ。

ハギ(萩)の字そのものが初めて使われたのは、現存するものでは播磨国風土記が最も古く、そこに萩原里という記述がある。かの神功皇后が停泊した際に一夜のうちにハギ(萩)が大きく育ち、その後多くのハギ(萩)が育つようになったことから、その地を「萩原」と呼ぶようになったという話が残されている。

画像木萩(キハギ)の名前は、ハギ類の茎は細くよわよわしい ものが多い。併し、キハギ(木萩)の茎はまさに木の幹だキハギ(木萩)と名前がついたのがよく分かる。

まめ科ハギ属の落葉低木で、学名は「Lespedeza buergeri」である。属名の「Lespedeza(レスペデーザ)は、18世紀後半の、アメリカのフロリダ州知事のスペイン人「Cespedes氏」の名前にちなんでいる。 誤植のため「Cespedes」が「Lespedez」になった。種名の「buergeri」は「日本植物の採集家ブュルゲルの」を意味している。

画像日本が原産で本州から九州や中国にかけて分布し、日当たりのよい山野に自生している。樹高は1~3mくらいまでになる。、茎は木質化した灌木状で、庭に植えられることが少ない。

縁が滑らかで凹凸が無いもの。葉は3枚の小葉で1組(3出複葉)になっており、茎の節ごとに1枚ずつ方向を異にしてつく互生をしている。小葉は卵形ないし長い楕円形で、縁が滑らかでギザギザの鋸歯がない。小葉の表面は濃い緑色で無毛であり、裏面は灰緑色を帯びて全面に毛がある。先端は鋭く尖っている。頂小葉の長さは2~5cm、幅は1~3cmくらいである。

画像画像開花時期は6月から9月である。葉の脇から総状花序(柄のある花が花茎にほぼ均等につき柄の長さもほぼ等しい)を出し、蝶のような形の花を沢山つける。花は淡黄白色で上方にある1枚の花びらが、旗を立てたような形の旗弁の中央部とこの旗弁の内側に左右に広がる2枚の花弁を翼弁が紫紅色を帯びている。

花が小さく余り目立たないハギ(萩)である。ミヤギノハギ(宮城野萩)などに比べると、余り見かけない。花はまめ科特有の形であるが、普通の萩よりもエニシダ(金雀枝)などに近く、花に虫が乗ると、雄蕊が開く構造になっている。

画像画像話は変わり、キハギ(木萩)なので、ちなみにハギ(萩)に関わる山形県東田川郡に伝わる伝説。
或る日、この地に住んでいた出羽の郡司、小野良真の後妻が、先妻の残した娘二人を、池にかかっているハギ(萩)の茂った橋を無理やりに渡らせ、池に落として殺してしまった。

2人の娘がいないのに気付いて捜しに出かけた良真のところに真っ白な鳥が飛んできて盛んに鳴いた。

その声は良真には「ハギ(萩)八束手折りし、土で火を焚けとや、笊で水汲めとや、ハギ(萩)の橋渡るとて、ざんぶらのこぶら」と聞こえた。良真は真相を知ると怒って後妻を追放したが、子煩悩だったので、彼女の生んだ娘を大切に育てた。この娘が成長して小野小町になったということである。但し、平安時代の美女、小野小町の誕生については様々な説があり、真偽のほどは分からない。

ハギ(萩)を詠んだ俳句
「行けど萩 行けど薄の 原広し」 夏目 漱石

花言葉は思案、前向きな恋、想い、内気、物思いなどである。

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